正方形の周と内部の点の集合のような平面上の領域があるとする. その領域のどの点も少なくとも一回は通るような曲線が存在するならば,この曲線は発案者のGiuseppe PeanoにちなんでPeano曲線と呼ばれる. またはその性質から,空間充填曲線(space-filling curve)とも呼ばれる. 実際,Peanoは1890年に正方形を埋め尽くす曲線が存在することを証明したのであるが,この曲線は我々が“曲線”という言葉によって抱く幾何学的イメージからは,随分と隔たっている. 数学者にとってみれば,曲線の範疇にこのような線とも面とも言い難いものが含まれると扱いにくくてしかたないであろう. 実際,高木貞治は彼の教科書・解析概論においてPeano曲線を指して“このようなものを曲線の仲間に入れることは迷惑である”と言っている.

さて,Peano以来Hilbert,Lebesgue,Knopp,Sierpinskiなど多くの数学者がPeano曲線の例を考案したが,これらの初期のPeano曲線はすべてGeorg Cantorが創始した点集合論の論法を直接,または間接に用いて構成される. 一方,今日ではPeano曲線のほとんどがKoch曲線の一種として構成され,それらはフラクタルの分野で扱われているが,本項目では古典主義にのっとって,Peanoの原典に忠実に基づいてPeano曲線を描くことにしよう.