技術屋さんの仕事

私はもともと技術屋さんなので、 授業も技術的なことが多いのだが、延々と技術の話をしても学生は疲れるしこちらもネタが無限に必要になる。 その上ただ話をするだけで手を動かさないと授業が終わっても学生はまったく記憶にも残っていなければノートも取らない、 ということになる。 そこで、技術の話をしたあと、学生たちにはその技術を使ったコンテンツを作らせるわけだが、 「私は技術屋さんで君たちは芸術学部の学生だから君たちの価値観とセンスで自由にコンテンツを作ってね。」 と言ってもたいていのやつはサンプルをいじることすらできない。

たとえば css で二段組みや三段組み、ヘッダーフッターサイドバーメニューバーのレイアウトの仕方を教えたとする。 サンプルは何のそっけもないものであり、 というかサンプル自体に素っ気がありすぎてはサンプルにならないわけだから、 そういうサンプルを渡すのだが、 下手をすると、 ヘッダーに「ヘッダー」とか書いたものを「制作物」として提出しかねない。 百人居たら十人くらいは自分のフィーリングでおもしろおかしいウェブコンテンツを作るけれど、 それ以外の連中は何もできない。

そこで考えたのは、技術を教えた後にまず企画書やりレイアウト図なりを書かせて、 それを目標として制作させる、というやり方だ。 これはなかなか有効で、みんな自分のやりたいことを書くからそれに縛られてある程度の内容のあるものを作らざるを得なくなる。 しかし、作品を作った後に企画書を書きたがるやつとか、 企画書がそもそもヘッダーに「ヘッダー」としか書いてないものを出したがるやつとかがいる。

そこでさらに、ナビゲーション(つまり、サイドバーとかメニューバー)とは何かとか、 ユーザビリティーとは何かとか、 マーケティングとは何かとか、 そんなことまで教えざるを得なくなる。 学生というのは、普段テレビとかCMとか商業サイトとかを利用しているわけで、 そういうものに話を絡ませると割と乗ってくるし、さらに、 彼らが卒業すればそういうところに就職する訳だから、 商業サイトとして、儲かるデザインとは何かということを教えてやるのが、 結局一番てっとりばやいということになる。 私としては技術を教えてそれを身につけさせるところまでが自分の役割だと思っているのだが、 マーケティングとかデザインの話までしなければならないというのはどうかと思うし、 そもそも企画書を書いたりマーケティングとかデザインの勉強をしたわけでもないのに、 それを学生の前で偉そうに教えるのはどうかと思うのだけど、 結論としてはそうなる。

ところで、ユーザビリティーとかマーケティングなどというのは要するに、 就職して会社に入って上司にこれやれと言われてやるものだ。 或いはクライアントにこうしてくれと言われてやるものなので、 要するに儲かるか儲からないかという尺度だけを見て、他人の奴隷になりきることはできるわけだが、 自分の本当に作りたい物(そんなものが有ればの話だが)を作れるようになるわけではない。 教育者(自分の属性がそうであるとは思ってないのだが)としてははなはだ不本意なことではあるが、 しかし結局私は技術屋さんなのであり、学生に技術を習得させるところまでが仕事であって、 学生がどういう動機付けであれ、演習をこなしてくれれば良いわけだ。 だから、 ユーザビリティーとは何かとか、マーケティングとは何かとか、 オリジナリティとは何かとか、そういう本質論はアート系の方にやってもらうしかない。 というより本質論などというものは、そもそもアートの世界には存在しないのかもしれない。 良いアートとか悪いアートを定義できないように。