GreyShooter

ゲームには長年かけて培われてきた様式美というものがあって、RPG にしろシューティングにしろ、 レベルというものがあって、だんだんに難しくなる。 各レベルにも雑魚キャラと中堅とボスがいる。 ボスをたおすとレベルクリア。

別に自分がそういうステレオタイプなゲームを好きなわけではないのだが、 教育とは本質的に保守的なものであり、お茶のお点前のようにある種の様式から入るのが何かと都合が良い。 私はともかくとして学生にとってはそうなのに違いない。

そう思うと、私が中学生の頃にサスケvsコマンドーやらムーンクレスタあたりで基本形が表れて、 高校生の時のゼビウスで確立されたシューティングというジャンルが、 未だに世間一般にまるで千古不変の真理のごとく受け入れられているのがなんともまか不思議である。

それでシューティングはゲームプログラミングの基本、というのはなかなか深い含蓄があってだな。 久しぶりにトトロなど見ると背景視差スクロールを三層か四層くらいでやっている。 何が怖いかといって無意識のうちに受容したものほど怖いものはない。 悩みもためらいも反省も拒絶もない。空気を吸うように当たり前なもの。 それが現代人におけるアニメやゲームの視差スクロール (parallax scrolling)。 アニメもゲームも視差スクロールは基本。先人から受け継がれるコツ。 そういうところから淡々と、基本から応用へと、教えていくのが良いのだろうとおもう。 というかそういうものなのだから、そこから敢えてはみ出そうとしても、なかなかうまくはいかない。

それはそうと敵キャラがみんなグレイみたいな顔のシューティングゲームなんで GreyShooter という名前にしてみた。